編み物文化の守り方:それでも私が「正しい言葉」を使い続ける理由

長いつぶやき

最近、SNSや動画サイトでよく目にするようになった「かぎ編み」「鍵編み」「棒編み」という言葉。

これらの言葉に対して、違和感やモヤモヤとした不快感を抱いているベテランの方は、決して少なくないようです。

言葉は時代とともに変わるもの。

それは分かっているけれど、丁寧に基礎を積み上げてきた人ほど、言葉の乱れの先に「技術まで軽視されているような危うさ」を感じているのではないでしょうか。

いつの時代もある言葉の変化

私自身、言葉に関しては気になることがそれなりにあります。
例えば『的を射る』という表現です。

  • 本来の正しい形: 「的を射る」(的に矢を当てる、転じて要点をつく)
  • 誤用とされる形: 「的を得る」(「当を得る」などと混同されたもの(諸説あり))

かつては誤用とされてきましたが、2014年発行の『三省堂国語辞典 第七版』では、すでに間違いではないと認められています。

さらに興味深いことに、同志社女子大学の記事によれば、この「的を得る」という表現は、すでに江戸時代の文献『尾張方言』にも登場しているそうです。
「最近の人が間違え始めた」のではなく、実は古くから存在していた言葉だったのですね。

ただ、これには今でも保守派があり、『広辞苑』や『明鏡国語辞典』では「やはり本来は『的を射る』が正しい」としています。

言葉は、そうやって時代に合わせて姿を変え、正解と不正解の間を揺れ動くものです。

辞書や時代によっても意見が分かれるほど、言葉の「正解」は移ろいやすいものなのです。

参考「的を得る」と「汚名挽回」─三省堂国語辞典の訂正をめぐって─

Webの仕事を通じて得た知識「検索エンジンの自浄作用」

私はWebの仕事を通じて、情報の「信頼性」を判断する際、一つの基準を持っています。
それは、その発信者が「言葉」をどう扱っているかという点です。

ひとくちに略語と言っても、そこには二つのパターンがあると考えています。

  1. 正式名称を知った上で、話し言葉として使っているまたは親しみやすさのためにあえて略している(うっかり誤変換も含む)。
  2. 正式名称を知らないまま、「そういうものだ」と思い込んで使っている。

もちろん、後者の方に悪気があるわけではないでしょう。

しかし、道具や技法の名前を正しく知らないまま発信している人は、基礎本を読んでいないのでしょう。
読んでいたら本に合わせて正式名称を使っているでしょうから。

基礎技術も含めて、編み物というものを体系的に学ばないまま「自己流」で済ませている可能性が高いのではないか……。

以前の私は、そのように強い懐疑心を抱いていました。
言葉を軽んじる人のノウハウには、初心者を遠回りさせるリスクが潜んでいるのではないかと本気で心配していたのです。

しかし、今の検索エンジンは私たちが思うより賢明です。

覚えている方もいるかもしれませんが、かつてWeb業界では「Welq問題」という大きな事件がありました。

不正確な記事が大量生産されたこの騒動をきっかけに、Googleなどの検索エンジンは劇的に成長しました。

  • 情報の質を見分ける目: AIが生成する回答(AI概要など)は誤っていることがありますが、Googleのアルゴリズム自体は「信頼できるソース(老舗メーカーや専門家のサイト)」を上位に置くという基本方針を、日々アップデートして磨き続けています。
  • 淘汰される情報の寿命: 正しい用語を使わず、根拠の薄い発信を続けるコンテンツは、Googleから「専門性が低い」と判断され、自然と検索結果の下位へ沈んでいく仕組みになっています。

ただ、正直に言えば、これにも限界はあります。

タイトルや説明文さえ『正しく』整えられていれば、動画の中身がどれほど危うい自己流であっても、検索上位に残ってしまいます。

これは今の技術でも防ぎきれない、Webの、そして動画時代の悔しい現実ですが、この記事のは主題は「言葉」であって動画の中身ではないので目をつむっておきますね。

検索エンジンという「守り手」

左:鍵編みで検索した結果/右:かぎ編みで検索した結果

私の懸念は、「誤った言葉で検索した初心者が、そのまま誤った情報に辿り着き、迷子にさせられること」でした。

しかし、現代のAIやGoogleは以前よりはかなり改良されています。

たとえ新規参入者が「かぎ編み」が正式名称だと思い込んで検索しても、検索エンジンが「もしかして:かぎ針編み」と誘導したり、検索結果には正しい用語を使った専門性の高い記事を並べたりしてくれます。

つまり、私の心配は杞憂だったわけです。

ですから、私は「かぎ編み」「棒編み」という言葉を使う人を見かけても、「まあ、そういう流儀の人もいるよね」と穏やかにスルーしていいのだと思いました。

きっと私自身も、親世代から見れば「言葉が乱れている」と眉を顰められる側だったはずです。

例えば「全然大丈夫」という言葉。40代の私は母に注意された記憶がありますが、今ではすっかり市民権を得ています。
(※「全然」は明治時代などは肯定で使われており、母世代で「否定を伴うのが正解」とされ、私世代で再び「肯定」に戻るという不思議な歴史を辿っています)

結び|私がそれでも「正しい言葉」を使い続ける理由

ただ、やはり正式名称で検索かける方がより専門的な検索結果になるというのは現状も変わっていません。

ちょっと古い記事ですがわたしがいろいろと試してみた結果、キーワード次第では検索結果に差が出ていました。

参考:同義語、略語をGoogleは認識しているのか?検証から見えてきたSEO対策

確かに、検索エンジンもAIもまだ万能ではありません。
時には間違った情報を拾い上げて「正解」のように見せてしまうこともあります。

だからこそ、人間である私たちが「正しい言葉」を発信し続けることの価値が、これまで以上に高まっているのだと私は考えています。AIが迷ったときに参照する「正しいデータ」の源流(ソース)であり続けたい。

だからこそ、「かぎ編み」「鍵編み」「棒編み」にモヤモヤするベテランさんたちにも「正しい言葉」で発信し続けてほしいと思います。

それこそが、私なりの「編み物文化の守り方」です。

なので、最後にこれだけは言わせてくださいね。

「かぎ編み」で検索して、それが正式名称だと思っていた人!
正式名称は「かぎ針編み」ですよー!

漢字は “鍵” ではないですよー!
“鉤” ですよー!

「棒編み」で検索して、それが正式名称だと思っていた人!
正式名称は「棒針編み」ですよー!

ようこそ、奥深い編み物の世界へ。